Top > GT40 レースカー '69
分類性能
メーカーフォード総排気量---ccPP562
国籍アメリカ最高出力500PS/6,500rpm全長4,293mm
カテゴリレーシングカー/WSCC-GT Prototype最大トルク60.0kgfm/5,000rpm全幅1,778mm
モデル簡易駆動形式MR全高1,016mm
ギャラリー非対応吸気形式NA車両重量998kg/44:56
内装簡易PWR1.99kg/PSTM5速
入手方法カスタム/チューン制限
ディーラーCr.2,000,000,000カスタムペイント:不可、ホイール交換:不可、エアロ装着:不可
プレゼント---チューンターボキットのみ可

  • 1964〜1969年のル・マン24時間耐久レースに参戦した、フォードGT MarkIのレーシングモデル。
  • シャーシ開発はイギリスの中堅ワークス、ローラ社との提携で行われ、搭載するエンジンはアメ車の魂ともいえるフォード社製OHV・V8エンジンが選ばれた(マスタングと同様のものである)。
  • マーク1はアメリカ車初のル・マン24時間レース優勝というフォードの悲願を背負って1964年のル・マンに出走したが、結果は2年連続の全車リタイヤという空しいものに終わった。フォードはマーク1によるル・マン制覇を諦め、翌年からはエンジン排気量の拡大などを施した改良型のマーク2を投入した。このマーク2は翌1966年、伝説的な1-2-3フィニッシュという偉業を達成することとなり、さらに1967年には、マーク2と同型のエンジンを搭載し車体の方もアメリカで製作されたマーク4で、ル・マン初の「オール・アメリカン」チーム優勝を現実のものとした。
  • しかし1968年、FIAは当時のル・マン24時間レース参戦車両のレギュレーションのうち、トップカテゴリーとも言えたグループ6プロトタイプカー規定に大幅な改定を断行した。その内容はこれまで無制限であったエンジン排気量を当時のF1規定と同じ3.0リットルにまで制限する(公道走行可能なモデルを50台、12か月にわたって生産した場合のみ4.0リットルまで排気量の拡大が許されていた)という厳しいもので、この改正によって7.0リットルのシボレー製V8エンジンを搭載していたシャパラル2D・2Fや、ストリート仕様の車両を生産していなかったフェラーリ330 P4など、数多くのマシンがこの1968年を境に姿を消した。
  • 改正以前のグループ6規定に基づいて設計され、7リットル近い大排気量に物を言わせて戦っていたマーク2とマーク4も当然のことながらこの大幅な改定の影響を受け、レースの出場自体を阻止されてしまう。フォードはこれ以降ル・マンでのワークス活動を断念することとなった。
  • そこでプライベーター・チームのJWオートモーティブエンジニアリングは、1967年のル・マンに投入したマーク1の独自改良型「ミラージュM1」をレギュレーションに合致する元のマーク1へと再度改造を施し、グループ6より一つ格下のクラスであるグループ4スポーツカー規定車両として1968年のル・マン24時間レースに参戦した。フォードGT40はこの年から投入された新グループ6規定のポルシェ908、アルピーヌ220Aなどのマシンを相手にレースを戦い、見事9号車のシャシーナンバーP1075マーク1が優勝をもぎ取った。
  • 更にJWオートモーティブエンジニアリングは翌年1969年にも続けてマーク1の2台体制で参加し、序盤に発生した多重アクシデントにも関わらず昨年度と同じシャシーナンバーP1075(6号車)が偏差で優勝する。このシャシーナンバーP1075のマーク1はル・マン24時間2連続優勝という戦績を称えられ「栄光のフォードGT40」と呼ばれた。
  • 収録モデルは、正にそのシャシーナンバーP1075のフォードGTである。64-65年のマーク1やマーク2と比較して幅広なリアフェンダーが特徴である。
    このカラーリングはフォードGTを運用していたプライベーターチームのJWオートモーティブエンジニアリングがル・マン参戦時に使用したもので、スポンサーロゴの名称から「ガルフカラー」と呼ばれている。

+  GTにおける本車




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Last-modified: 2021-03-06 (土) 15:38:21 (1147d)