国籍 | 日本 | 最高出力 | 200PS/7,000rpm | 全長 | 4,435mm | カテゴリ | ノーマルカー/スポーツカー | 最大トルク | 21.0kgfm/6,000rpm | 全幅 | 1,750mm | モデル | 簡易 | 駆動形式 | FF | 全高 | 1,306mm | ギャラリー | 非対応 | 吸気形式 | NA | 車両重量 | 1,200kg/59:41 | 内装 | 簡易 | PWR | 6.00kg/PS | TM | 5速 | 入手方法 | カスタム/チューン制限 |
---|
ディーラー | Cr.2,136,000 | カスタム | ペイント:可、ホイール交換:可、エアロ装着:可 |
+
| | ←カラーバリエーションを表示
|
カラーバリエーション |
---|
☆Super White II | Silver Metallic | Black | Super Red IV | Blue Mica Metallic | Light Green Metallic | --- | --- | --- | --- |
|
#ref(): File not found: ".jpg" at page "セリカ SS-II (ST202) '97"
#ref(): File not found: ".jpg" at page "セリカ SS-II (ST202) '97"
- 1993年10月、セリカは6代目にフルモデルチェンジした。
- スポーツカーとしての性能は先代からさらに磨き上げられ、FFスポーツスペシャリティとして確固たる地位を築いた。
全モデル3ナンバーサイズとなり新設計のシャシーによりボディ剛性を高めながらも20kgの軽量化に成功。
2.0L直4DOHC自然吸気エンジンの3S-GE型を搭載するSS-IIにはスーパーストラットサスペンションも採用された。
MTモデルにはLSDも装備されており、オプションでスポーツABSが選択可能であった。
- スーパーストラットサスペンションとはAE101型カローラレビン/トレノ(GT6未収録)に初採用されたトヨタ独自開発のサスペンションである。
マクファーソンストラットサスペンションの弱点を克服し、ダブルウィッシュボーンと同等の性能を可能にするために開発された。
旋回時のキャンバー角変化を最小限に抑えることで、コーナーリング性能を向上させながらも、ストラット式の利点である軽量さを失っていないのが特徴。
ボディやシャシーに変更を必要としないためコストも抑えてある。
だがダンパーが独特な形をしていたため、車高調整式サスペンションが長いこと出なかった。
レースでも機構の複雑さを嫌ってノーマルストラット仕様が指名買いされた可哀想な経歴もあった。
- また同年9月にはコンバーチブルモデル(ST202C,ST204C)が登場。
電動の幌開閉装置は油圧式から電動式に変更され3分割のレールが外側に向かいながら重なり合う「アウターフォールド機構」で省スペース化を実現。
これにより後部座席が260mm広がり大人2人が乗車できるスペースを確保した。またリアガラスには熱線入りが採用されている。
ボディは3ドアリフトバックとは違い専用設計のモノコックボディが与えられ、クーペタイプと同等のボディ剛性と重量を可能にしている。
- 1997年12月にエンジン改良などのマイナーチェンジが行われた。
特にSS-IIおよびSS-IIIまたエンジン本体もチューニングと補機類のチューニングが行われ、従来の3S-GE型エンジンとは一線を画すほどの性能を手に入れることとなった。
- 多くの改良が行われたが、景気の悪化や国内におけるスポーツカー市場の縮小、またWRCにおける違反発覚、およびWRC撤退などにより1999年に7代目へとバトンタッチ、生産終了した。
+
| | 派生モデルの解説
|
- HKSの手によって生まれたドラッグセリカは、FF車のS/GTクラスとして初めて9秒台に突入した。
シフトアップにはシフトペダルを足でキックするという特殊な車だった。
この時乗っていたのはプロドライバーでなく、単なる雑誌編集長だったのも驚きだった。
彼は後の事故で亡くなってしまうが、初のFF9秒台ドライバーとして記憶に名を刻んでいる。
- HKSのドラッグセリカは、FFで初めてゼロヨン9秒台に突入した。シフトアップはペダルを足で蹴るという特殊な車だった。
この時乗っていたのはプロドライバーでなく、単なる雑誌編集長のマサ・サイトー氏だったのも驚きだった。
後にEKシビックで谷田部高速周回路テスト中に亡くなってしまうが、初のFF9秒台ドライバーとして記憶に名を刻んでいる。
|
|