分類性能
メーカーシェルビー総排気量4,728ccPP535
国籍アメリカ最高出力390PS/6,750rpm全長4,610mm
カテゴリプロトタイプレーシングカー/WSCC-GT Prototype最大トルク47.0kgfm/4,000rpm全幅1,753mm
モデル高品質駆動形式FR全高1,422mm
ギャラリー対応吸気形式NA車両重量1,043kg/50:50
内装再現PWR2.67kg/PSTM4速
入手方法カスタム/チューン制限
ディーラーCr.450,000,000カスタムペイント:可、ホイール交換:不可、エアロ装着:不可
ストライプは塗装したカラーリングによって変動する
プレゼント---チューンTM・エンジン・スーパーチャージャーのみ可

デイトナ.jpg

  • ル・マン24時間レースでの勝利を目指すシェルビー・アメリカンによって、僅か6台のみが製造されたレーシングカー。
  • ル・マン24時間レースでの勝利を目指すシェルビー・アメリカンによって、僅か6台のみが製造されたレーシングカーが本車である。
  • コブラMKIIIでヨーロッパのレースを圧巻していたシェルビー陣営だったが、ル・マンではオープンボディ故の空気抵抗に悩まされた。
    そのためフレームやエンジンを流用し、ボディをクローズドに、それに合わせてサスペンションの再設計を行ったのが本車である。

    デビューが1964年のデイトナ2000kmだった事から、「シェルビー デイトナ」というニックネームが名付けられた。
  • コブラMKIIIでヨーロッパのレースを席巻していたシェルビーであったが、ル・マンではオープンボディ故の空気抵抗に悩まされた。
    そのためフレームやエンジンを流用し、ボディをクローズドに、それに合わせサスペンションの再設計を行ったのがこの本車である。

    デビューが1964年のデイトナ2000kmだったことから、「シェルビー デイトナクーペ」というニックネームで呼ばれることも多い。
  • ウィークポイントである空気抵抗を改善したデイトナは、同年のセブリング12時間、そして目標としていたル・マンでクラス優勝を達成する。
    翌年もル・マンこそ3位だったが、デイトナ2000km、セブリング12時間などビッグレースを次々勝利し、年間王者に輝いた。
  • ウィークポイントの空気抵抗を改善したデイトナは、同年のセブリング12時間、そして目標のル・マンでもクラス優勝を達成する。
    翌年もル・マンこそ3位だったものの、デイトナ2000km、セブリング12時間などのレースを次々勝利し、見事年間王者に輝いた。
  • しかし1965年末、エンジンの供給元であるフォードに、「GT40による打倒フェラーリ」を指示される。
    シェルビー・アメリカンはGT40の改良に全精力を傾ける事となり、一線級の戦闘力を持っていたデイトナは僅か2年でその役目を終えた。
  • が、その年の末、エンジン供給元のフォードに「GT40による打倒フェラーリ」を指示されたのである。シェルビー・アメリカンは
    GT40の改良に全精力を傾ける事となり、一線級の戦闘力を持っていたデイトナはわずか2年でその役目を終えてしまったのである。
  • 幻の存在と化したプロトタイプ(CSX2287)について。
    激戦によりボロボロになったプロトタイプは当初買い手が付かず、数年間放置された後にポルシェの2/3程度という安値で売却された。

    その後、生産数6台という貴重性や華々しい実績が再評価されるも、既にプロトタイプは20年以上も行方不明であり、幻の存在と化していた。

    アメリカ全土のコレクター達が血眼になって探し周り、2001年、遂に南カリフォルニア州で発見される。

    オークションでは768万5000ドルという途方もない価格で落札されており、これは当時のアメリカ製自動車の最高額であった。

    現在、このプロトタイプはフルレストアが行われ、フィラデルフィアの博物館で丁重に保管されている。

+  幻の存在と化したプロトタイプ(CSX2287)について。
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