|CENTER:BGCOLOR(#e0e6eb):70|340|CENTER:BGCOLOR(#e0e6eb):70|220|CENTER:BGCOLOR(#e0e6eb):70|180|c
|>|~分類|>|>|>|~性能|
|メーカー|BMW|総排気量|4,361cc|PP|592|
|国籍|ドイツ|最高出力|515PS/8,300rpm|全長|4,387mm|
|カテゴリ|レーシングカー/FIA-GT3|最大トルク|52.5kgfm/5,500rpm|全幅|2,012mm|
|モデル|''高品質''|駆動形式|FR|全高|1,210mm|
|ギャラリー|''対応''|吸気形式|NA|車両重量|1,190kg/48:52|
|内装|再現|PWR|2.30kg/PS|TM|6速|
|>|~入手方法|>|>|>|~カスタム/チューン制限|
|ディーラー|Cr.35,000,000|カスタム|>|>|ペイント:不可、ホイール交換:不可、エアロ装着:不可|
|プレゼント|---|チューン|>|>|エンジンチューン・ターボキットのみ可|
//-備考:

----
#ref(Z4GT3前.jpg,nolink)
----
-2010年にデビューしたE89型Z4はオリジナルの3L直6ターボエンジンから、[[M3>M3 クーペ '07]]に搭載されている4LV8N/Aエンジンに積み替えられた状態でFIA公認を取得。
収録モデルとなったMY11より4.4Lへと排気量が上げられた。
初年度のFIA-GTヨーロッパ選手権のGT3部門にて好成績を残すと、ドバイ24時間レースを勝利するなど、素性の良さを発揮する。
今現在でもニュルブルクリンク24時間耐久レース、FIA-GT シリーズ、ブランパン耐久シリーズ、前述のドバイ24時間耐久レース、SUPER GT、スーパー耐久等で多数のエントラントが使用し世界中のレースで活躍中。

-マシン性能的には4.4LとオリジナルのMY10より上げられたものの、GT3マシンの中では相対的に排気量が低いためにストレートを苦手としているが、BOP込の車重はわりと優遇されており((GT6に収録されたGT3マシンの中では最軽量))、コーナーワークに優れている。
----
#region(派生モデル)
-本車をベースにしACOが主催するル・マンシリーズのレギュに基づいて改造されたZ4 GTEも13年から製造されている。使用チームはBMW Team RLL((RLLの正式名称はレイホールレターマンラニガンレーシング。英語に直すとRahal Letterman Lanigan Racing))ただ1チームのみで13年はアメリカン・ル・マン・シリーズ(ALMS)のGTクラス、14年はユナイテッドスポーツカーチャンピオンシップ(USCC)のGTLMクラスに参戦中。使用カーナンバーはALMSとUSCC共に55と56を使用している。
#endregion
----
#region(BMW Sports Trophyチームについて)
-Z4 GT3を使用するエントラントの中でも特に高い実力を持ちBMWファクトリーから多数スタッフや開発ドライバーが派遣されているチームの事を指す。14年現在ではSchubert、Marc VDS、Vita4one、India、Brazil、日本のStudieを含めた6チームがワークスチームを名乗っている。
#endregion
----
#region(ニュルブルクリンク24時間耐久レースでの活躍)
-ニュル耐にはワークスのBMW Team Schubert19号車・20号車、Marc VDS Racingの29号車や、Vita4oneの17号車・18号車などが筆頭となり多数のチームが参戦した。
2012年にはTeam Schubertの19号車がポールポジションを獲得するものの、決勝レース中のタイヤのパンクにより大きく順位を落としてしまう。
それでも懸命な走りを続けTeam Schubertは7-8位、Marc VDSは4位、Vita4oneは9位をそれぞれ獲得。
--13年も引き続きBMW Team SchubertやMarc VDS Racingなどが参戦したが、Vita4one Racingはこの年のニュルブルクリンク24時間耐久レースには参戦しなかった。
Team Schubertは前年と同じカーナンバーを付けて参戦し、Marc VDS Racingは25号車・26号車の2台体制になった。
またWalkenhorst-Motorsport powered by Dunlopの24号車も参戦し多数のZ4 GT3がニュルを駆け巡っている。
#endregion
----
#region(日本でのZ4 GT3の活躍)
-2011年1月のドバイ24時間レースを制した個体が日本のグッドスマイルレーシングへ売却され、11年のSUPER GT GT300にNo.4 初音ミク グッドスマイル BMW Z4として参戦。
3度((第3戦セパン、第6戦富士、最終戦茂木))の優勝と全戦ポイント獲得という圧倒的な成績でシリーズチャンピオンを獲得。
その速さは4.4Lエンジンから生み出される怒涛のトルクもあり「GT500マシンでも直線で抜けない」と呼ばれる直線番長っぷりを発揮((これは当時のSUPER GT-GT300クラスでの相対的な話であり、世界的にはそういうわけではない。またGT3マシンが増加した翌年以降はGT250と呼ばれるレベルでストレートの非力さが泣き所となっていた))。
SUPER GTでGT3マシンが使用可能になってから初のGT3マシンチャンピオンが誕生した。

-その後12年はこのマシンのMY12アップデート版と新車のMY12の2台((新車がNo.0 GSR 初音ミク BMW(13年にもこの明記が引き継がれた)、アップデート版がNo.4 GSR ProjectMirai BMW))が走ったが優勝は第2戦富士のみに留まり第3戦セパンと第5戦鈴鹿に0号車がガス欠しBOP調整などで苦戦し連覇を逃した。
-13年には再び1台に減少。チャンピオン経験がありながら台数には恵まれなく更に鈴鹿1000kmではヨルグ・ミューラーがスポット参戦し2位でゴールしたがレース後車検で燃料リストリクターが破損していたことが発覚。規定値を超えていたために失格してしまう。
開幕戦岡山で2位第6戦富士とオートポリスで優勝を獲得。
-14年は3台に増加。GSRはドライバーに変化は無くワークスからのサポートは継続されるが単独チームになり、監督は前年までスポーティングディレクターを勤めていた片山右京に変更。
studieはワークスからのサポートを受けるチームの中で1ヶ国につき1チームのみ名乗ることが許される「BMW Sport Trophy」として参戦しNo.7 Studie BMW Z4で参戦する。ドライバーは昨年までGT500で参戦していた荒聖治と去年の鈴鹿1000劼縫轡紂璽戰襯肇癲璽拭璽好檗璽弔ら派遣されスポット参戦したヨルグ・ミューラー。ちなみにGSRとstudie間ではセッティング情報などを共用しているとの事。
そしてもう一台は新規チームのLM Corsaが参戦。第2戦までMY13((おそらくGSRが使用していた個体と思われる))にMY14相当のアップデートキットを組み込み参戦。第3戦からは新車のMY14を導入する予定。こちらはSUPERGTにドライバーとしては5年ぶりの参戦となる飯田章と吉本大樹がドライブ。

-開幕戦岡山では7号車がコースレコードを塗り替え更には4号車の初音ミクBMWと1-2フィニッシュを達成、第2戦ではGSRが2連勝するなど素材の良さをここでも見せつけた。

#endregion
----


    ホーム 一覧 単語検索 最終更新 バックアップ   ヘルプ   最終更新のRSS