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未確認項目:重量配分・PWR・TM・カスタム/チューン制限
分類 | 性能 |
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メーカー | 日産 | 総排気量 | 1,998cc | PP | 368 |
国籍 | 日本 | 最高出力 | 150PS/6,400rpm | 全長 | 4,400mm |
カテゴリ | ノーマルカー/4ドアセダン | 最大トルク | 19.0kgfm/6,400rpm | 全幅 | 1,695mm |
モデル | 簡易 | 駆動形式 | FF | 全高 | 1,385mm |
ギャラリー | 非対応 | 吸気形式 | NA | 車両重量 | 1,170kg/: |
ギャラリー | 非対応 | 吸気形式 | NA | 車両重量 | 1,170kg/59:41 |
ディーラー | Cr.2,284,000 | カスタム | ペイント:可/不可、ホイール交換:可/不可、エアロ装着:可/不可 |
ディーラー | Cr.2,284,000 | カスタム | ペイント:可、ホイール交換:可、エアロ装着:可 |
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| | ←カラーバリエーションを表示
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カラーバリエーション |
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☆Dark Red Pearl | Super Black | Dark Gray Pearl Metallic | Dark Blue Pearl | --- |
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- 1990年2月に発売開始された日産のセダン。日本ではその4ドアセダンのみだったが、ヨーロッパなどでは5ドアハッチバック(GT未収録)も作られた。
- 1989年の東京モーターショーに出展されたコンセプトカーの市販版として、翌年2月に発売されたプリメーラ。
車名はスペイン語の「第一級の」「最高級の」が由来で、北米では「インフィニティ・G20」として発売された。
欧米市場にも投入するべく、設計時には欧州車が徹底的に意識され、日産が推進していた901運動も活かされた。
- ヨーロッパのクルマを意識して作られたが、それは見た目だけでなく性能面までもがヨーロッパ。性能面では特にハンドリングの良さがあげられる。
実際にヨーロッパでの評価も高く、ヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーにおいて日本車歴代最高順位の2位を獲得する。
勿論これらは日本でも評価され、バブル崩壊後はおろか1995年の初代製造終了まで人気を博し、ヒット商品となった。
- 「プリメーラ・パッケージ」と称されたデザインは、外見の派手さは無く、実用性に配慮した設計となっている。
内装も欧州車の居住性を意識した飾り気の無い物で、足回りも国産大衆車としては異例の非常に硬い設定とした。
搭載エンジンは直4DOHCを採用。最高出力110PS(1992年9月以降は125PS)の1.8L、150PSの2Lの2種類が用意された。
収録モデルは前期型・2L仕様の「2.0Te」で、エアロパーツが標準装備されたスポーティな最上位グレードである。
- 初代プリメーラは前述の1995年にP11型*1にバトンタッチして販売終了。
4ドアセダンは'92年と'94年にマイナーチェンジが行われているが、GT6収録の本車は1回目のマイナーチェンジを受ける前の初期型である。
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| | レース活動
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- BTCC(英国ツーリングカー選手権)には1993年より参戦開始。当初はプライベーター2台による参戦だったが、途中からワークス体制となる3台目が投入されて以降プライベートチームにも技術協力が行われ戦闘力が強化、シルバーストーンで1-2フィニッシュを遂げている。
- P11型にモデルチェンジした後の1998年には日本車史上初のBTCC王者に輝いた。
BTCCへのワークス参戦は1999年で終了している。
- 本車両は各市場で高く評価されヒットし、欧州・カー・オブ・ザ・イヤーでは当時の日本車で最高の2位を獲得。
その設計による走りも良く、英国のBTCC・ドイツのDTM・日本のJTCCに参戦し、複数の優勝を含む活躍を見せた。
国内ではオーテックジャパンから最高出力180PSで専用エアロを装着した「オーテックバージョン」も販売された。
- 1995年にはBTCCへの参戦を一時休止してDTM(ドイツツーリングカー選手権)のクラス2ツーリングのSTWカップに参戦。
終盤のアブスで行われた第1レースで勝利するも第2レースで発生した多重事故に巻き込まれたドライバーが死去する悪夢に見舞われた。
- 前述のBTCCで培われた経験を生かし、JTCC(全日本ツーリングカー選手権)には1994年から参戦を開始。
初年度から優勝を飾る活躍を見せ、数多くの見せ場を造るものの結局タイトルに手が届くことは無く1997年を最後に撤退した。
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- 本車両は1992年と1994年に装備類の変更等の細かなマイナーチェンジを行い、1995年9月にP11型に切り替わった。
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| | 余談
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- 余談だが、1994年にステージアなどと同様にプリメーラにもオーテックバージョンが設定されたが、残念ながら未収録となっている。
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