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|>|~分類|>|>|>|~性能|
|メーカー/国籍|トヨタ/日本|総排気量|2997cc|全長|4,520mm|
|カテゴリー1|N300|最高出力|330PS/5,500rpm|全幅|1,810mm|
|カテゴリー2|ノーマルカー/スポーツカー|最大トルク|54.2kgfm/3,500rpm|全高|1,275mm|
|内装|あり|駆動形式|FR|車両重量|1,510kg|
|年式|1997|吸気形式|TB|TM|6速|
|>|~入手方法|>|>|>|~セッティング他|
|ディーラー|Cr.4,500,000|制限|>|>|---|
|その他|---|特記|>|>|---|
//-備考:

#region(←カラーバリエーションを表示)
|>|>|>|>|~カラーバリエーション|
|Super White II|☆Silver Metallic Graphite|Grayish Green Mica Metallic|Black|Super Red IV|
|Blue Mica Metallic|---|---|---|---|
#endregion
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#ref(supra_97.jpg,nolink)
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-1993年5月にフルモデルチェンジを果たして、4代目(国内においては2代目)となった、JZA80型スープラ(以下、80スープラ)は「THE SPORTS OF TOYOTA」をキャッチコピーに掲げ、走りのパフォーマンスが徹底的に磨き上げられた。
しかも、他車種(3代目 Z30型ソアラや初代 S147型アリスト等)とプラットフォームが共通化される事で設計の自由度が制限された中での本モデルのパフォーマンスは充分評価に値する。

-80スープラの心臓部である直6エンジンは、ターボモデルに搭載された2JZ-GTE型で最高出力280ps、最大トルクは44kgfmに達した。これは当時の国産車では最強と言えるスペックであった。
また、日本では馬力の国内自主規制「280ps制限」があったが、自主規制がない北米仕様と欧州仕様では更に高出力化されそれぞれ320ps、330psを達成した。
元々2.5Lの1JZ-GTEの時点で280psを達成していたため、海外仕様で出力が高められたというよりは、日本版のみ封印されていたという表現の方が正しい。
組み合わせられるトランスミッションは、当時国産車としては初採用のドイツのゲドラグ社と共同開発した6速MTがRZに採用された。
ATモデルも用意されており、ステアマチック機能(MT感覚でシフト操作可能なもの)が付いた4速ATであるECT-iEをRZ-Sで採用。SZは電子制御4速ATを採用した。

-エクステリアは徹底して空力を煮詰めてデザインされた。コーナーリング性能だけではなく、直進安定性を高めるためにも空力を煮詰める事は必要不可欠であった。
80スープラの特徴の一つである巨大なリアスポイラーは、空力性能もさることながら後方視界の妨げにならない機能性をも備えていた。またフロントには車速によって可変するフロントアクティブスポイラーが装着されていた。

-1994年には発売当時は認可が下りなかった17インチホイール及び大径ブレーキキャリパー(北米モデルと同等品)が追加、1996年にも小規模なマイナーチェンジが実施されたが、その中でも大規模なマイナーチェンジとなったのは1997年8月に行われた最後のマイナーチェンジであった。

-1997年のマイナーチェンジで改良されたポイントは様々であるが、トピックとなるのは連続可変バルブタイミング機構(VVT-i)とサスペンションに搭載されたREASの採用であろう。
ターボモデルのみVVT-iが採用されたことで、280psの最高出力はそのままだったが、最大トルクが46kgfmまで上昇している。
ヤマハとトヨタの共同開発によるREASとは、左右のダンパーをオイルラインで結び、走行状況に応じてオイルを左右に循環させ減衰力を発生させるもので、上級グレードのRZ、SZ-Rに採用された。
より高いスタビリティと快適な乗り心地を両立し、更なる走行性能の向上を図った。

-2002年、平成12年度排出ガス規制に対応できなかったため、[[BNR34型GT-R>スカイライン GT-R V・spec II Nur (R34) '02]]や[[FD3S型RX-7>RX-7 Spirit R Type A (FD) '02]]等と共に生産を終了した。
なお、NAとターボ共に同一型式エンジンを搭載するアリストは販売が継続されたため、国内においてスポーツカーというマーケットが縮小している現実が如実に示されている。
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#region(余談)
-国内外においてたいへん高い人気を誇る本車であるが、GT5においてはプレミアムカー((PS3向けに新規に作られた高精細のグラフィックを持つクルマ))としての収録はされず、スタンダードカー((GT4やGTPSPまでのモデルを流用したクルマ))としての収録にとどまっていた。
その次のGT6において、スタンダードカーのうちいくらかがグラフィックの手直しを受けたり、プレミアムカーへの昇格を遂げたりしている中、本車はグラフィックの手直しすら行われず、一部からは不遇のクルマと呼ばれていた。
今後のプレミアムカーとしての収録が半ば絶望視されていた本車であるが、本作GTSの[[Ver.1.11アップデート>アップデート#o8c01523]]において、多くのプレイヤーの予想を(いい意味で)裏切って復活収録された。
--しっかりとPS4向けに新規にモデリングされての登場となったため、多くのグランツーリスモファン、そして多くのスープラファンにも驚きと喜びをもって迎えられた。
--1.11では[[2000GT>2000GT '67]]や新型スープラのコンセプトモデルとも噂された[[FT-1]]も同時に復活収録を遂げており、さらにその後の1.13アップデートで[[MA70型スープラ>スープラ 3.0GT Turbo A '88]]も復活収録されたため、近く行われると予想されていた新型スープラの発表に関して、トヨタがグランツーリスモ上でプロモーションを行おうとしているのではないかという憶測がファンの間で囁かれた。
その後のジュネーブモーターショーにて、トヨタはスープラの復活を1台の[[コンセプトカー>GRスープラ レーシングコンセプト '18]]の発表をもって大々的にアピールしたが、それと同時に、そのクルマがグランツーリスモへの登場を果たすことがGT公式サイトにて告知されたのである。
#endregion
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#region(レーシングスープラ)
-スープラGT(JGTC仕様)
--市販のスープラをベースにJGTC GT1(現在のSUPER GT GT500クラス)クラスに合わせて製作された車両。
エンジンはノーマルの2JZ-GTEから3S-G改に換装されている。
--市販のスープラが搭載する2JZ-GTEから換装された理由は、当時ライバルであったR32型スカイラインGT-Rを打ち負かす為。
R32型スカイラインGT-RはGr.Aで圧倒的な強さを見せつけたマシンであり、それをコンバートして戦っていたN-GT仕様のスカイラインと戦う為には圧倒的な性能を持ったクルマが必要であると考えられた。
そこで開発を担当するTRDが考え付いたのが、当時のTRD USAが在庫として10基ほど抱えていたかつてのGr.Cカー用(イーグルトヨタに搭載されていたエンジンである)エンジンをスープラに搭載する事であった。
市販車から大きく変えてはいけなかったGr.A規定と違い「同一メーカーのエンジンであれば自由」とされ、改造の自由度が高かったN-GT規定だからこそできたマシンという訳だ。
さらに足回りも「ベース車両と同じ形式であれば自由」という規定を利用し、活動停止により残されていたトヨタTS010のキャリパーやアップライト等のスペアパーツを流用して作られた。
さらに足回りも「ベース車両と同じ形式であれば自由」という規定を利用し、活動停止により残されていたトヨタTS010のキャリパーやアップライトなどのスペアパーツを流用して作られた。
--いわば当時のスープラGTは寄せ集めで作られたマシンであったのだ。
--寄せ集めのマシンでありながら、スープラGTは初参戦となった94年の第4戦菅生でいきなり上位争いをするなど、非常に高いポテンシャルがある事を見せつけた。
--その後、クラス名がGT500クラスに変わった後もスープラは、軽量な直列4気筒をフロントミッドシップに積む事から来る重量バランスの良さと、ベース車両が持つ空力ボディ故に活躍を見せ、1997年はマニュファクチャラータイトル(トムスの3台体制のほか、単独2位にサード)を獲得した他、2001年のチームルマン(ESSO)、2002年のセルモのシリーズ優勝などの実績を残した。
--2003年には「特定排気量以上はリストリクター径を一定とする」という当時の車両レギュレーションの隙をつき、5.2L V8 NAに載せ換える等柔軟な車両開発のおかげで、ワークス参戦終了の2005年まで長らくJGTC/SUPER GTの上位に君臨し続けた。
--しかし、グループCカーのパーツをふんだんに使ったスープラGTのポテンシャル非常に高く、初参戦となった94年の第4戦菅生でいきなり上位争いを演じてみせた。
--その後、クラス名がGT500クラスに変わった後もスープラは、軽量な直列4気筒をフロントミッドシップに積む事から来る重量バランスの良さと、ベース車両が持つ空力ボディ故に活躍を見せ、1997年はドライバータイトルとチームタイトル(トムスの2台体制のほか、単独2位にサード)を獲得した他、2001年のチームルマン(ESSO)、2002年のセルモのシリーズ優勝などの実績を残した。
--2003年には「特定排気量以上はリストリクター径を一定とする」という海外マシン招聘の為存在していた当時の車両レギュレーションの隙をつき、5.2L V8 NAに載せ換えるなど(翌年に規定変更の為4.5Lへ排気量ダウン)柔軟な車両開発のおかげで、ワークス参戦終了の2005年まで長らくJGTC/SUPER GTの上位に君臨し続けた。

-LM-GT
--1995年のル・マン24時間耐久レース参戦用にスープラGTをベースに当時のGT1規定に合わせ改修した車両。
現在も96年のチームサードのマシンが現存している。
--初年度はサードとトラストの2台体制の予定であったが、トラストはル・マン直前の富士テスト中にクラッシュ。新車の製作が間に合わない事から急遽サードのみのエントリーとなった。
しかし、準プロトタイプとも言えなくないマクラーレンF1をはじめとするミッドシップ勢に歯が立たず惨敗。翌年は空力やサスペンションのアップデートを施し、サードの1台が続けて参戦したが、他車にヒットされ大破。リタイヤに終わっている。
#endregion
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