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|>|~分類|>|>|>|~性能|
|メーカー/国籍|ジャガー/イギリス|総排気量|4994cc|全長|4,483mm|
|カテゴリー1|Gr.X|最高出力|518PS/7,500rpm|全幅|1,854mm|
|カテゴリー2|プロトタイプレーシングカー/WSCC-GT Prototype|最大トルク|53.4kgfm/6,500rpm|全高|965mm|
|内装|あり|駆動形式|MR|車両重量|998kg|
|年式|1966|吸気形式|NA|TM|5速|
|>|~入手方法|>|>|>|~セッティング他|
|ディーラー|Cr.2,000,000,000|制限|>|>|---|
|その他|---|特記|>|>|---|
//-備考:

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#ref(xj13.jpg,nolink)
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-1960代中頃、ジャガーがル・マン24時間レースに参戦するために総力を挙げて開発した、世界にたった1台しか存在しない幻の名車。

-曲線で構成されたデザインは、[[E-TYPE>Eタイプ Coupe '61]]やXJSを手掛けたマルコム・セイヤー氏によるもので、空力に優れていたとされる。
エンジンは当時最新鋭で、後のジャガーV12気筒の基となった5.0L V12DOHC。これをジャガー初となるミッドシップにマウントした。
最高出力は500馬力を超え、同世代の[[330 P4>330 P4 '67]]や[[Mark IV>Mark IV Race Car '67]]とも互角以上に渡り合える性能を持っていたとされている。

-しかし、XJ13がル・マンに出場する事はなかった。BMCとの合併騒動でレース活動が停止されてしまったためである。
また、直6DOHCを搭載するE-TYPEの販売の都合上、当時のジャガー代表がV12DOHCの存在を外部に漏らしたくなかったいう都合もあった。
諦めきれなかった開発チームはその後も開発とテスト走行を続けたが、1967年夏にGT Prototypeクラスの排気量が3.0Lに制限されてしまう。
こうしてXJ13は、ル・マンへの参戦が完全に不可能となった。

-1971年、ジャガー首脳陣はE-TYPEシリーズ3の販売促進用のプロモーションに、保管されていたXJ13の利用を思い付く。
シリーズ3に搭載されたV12SOHCエンジンは、XJ13用に開発された5.0L V12DOHCを、デチューン且つSOHCに改良したものであった。
翌年、5年ぶりにサーキットを走行する事になったが、長年のメンテナンス不足によりリアホイールが疲労限界に達して破損。
バンクコーナーを225km/hで走行中にコントロールを失いクラッシュ・大破してしまった。
これを嘆いた関係者は、苦心の末に開発したXJ13の破棄ができず、修復を決意。実に2年以上もの歳月を掛けてほぼ完全な形に修復した。

-現在XJ13は、イギリスのジャガー本社工場内にある資料館に丁重に保管されている。
ル・マン参戦は叶わなかったが、流麗なデザインと悲劇的な開発経緯から、最も人気の高いレースカーの1つとして語り継がれている。
本車用に開発されたV12DOHCはその後も改良を重ねつつ、E-TYPEシリーズ3・XJ-6・XJSといった数多くの車両に搭載され続けた。
ジャガーの歴史を語る上で欠かす事のできない名車と言えよう。
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#region(余談)
-2009年7月にイギリスで開催された『Goodwood festival of speed』に本車が出場していた。
その際のドライバーはグランツーリスモの生みの親である山内一典氏。これがGTシリーズに収録されたきっかけになったと思われる。
#endregion
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//#region(派生モデルの解説)
//-書く場合はスラッシュを外してください
//#endregion
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