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|>|~分類|>|>|>|~性能|
|メーカー/国籍|トヨタ/日本|総排気量|2954cc|全長|4,620mm|
|カテゴリー1|N300|最高出力|270PS/6,000rpm|全幅|1,745mm|
|カテゴリー2|ノーマルカー/ホモロゲーションモデル|最大トルク|36.4kgfm/3,000rpm|全高|1,300mm|
|内装|あり|駆動形式|FR|車両重量|1,530kg|
|年式|1988|吸気形式|TB|TM|5速|
|>|~入手方法|>|>|>|~セッティング他|
|ディーラー|Cr.4,050,000|制限|>|>|---|
|その他|---|特記|>|>|---|
//-備考:

#region(←カラーバリエーションを表示)
|>|>|>|>|~カラーバリエーション|
|☆Black|---|---|---|---|
#endregion
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#ref(supra_88.jpg,nolink)
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-国内で初めてスープラを正式に名乗った、2代目セリカXXの後継モデル。スープラ(SUPRA)とはラテン語で「超えて」「上に」の意である。
発売当時のキャッチコピーが「TOYOTA 3000GT」だったように、本車はかつての名車[[2000GT>2000GT '67]]を意識した車両であり、例えば2000GT以来となる4輪ダブルウィッシュボーン式サスペンションの採用等からもそれが伺える。
発売当時のキャッチコピーが「TOYOTA 3000GT」だったように、本車はかつての名車[[2000GT>2000GT '67]]を意識した車両である。
例えば2000GT以来となる、4輪ダブルウィッシュボーン式サスペンションの採用等からもそれが伺える。

-開発主査は「侍中の侍」と呼ばれた和田明広氏。彼はスープラをグランドツアラーではなく、本格的なスポーツカーとすべく開発を行った。
50偏平の専用タイヤの採用やセリカXXと比べて50%以上強化されたボディとシャシー、54:46という重量配分等、細部に渡ってそのコンセプトは徹底された。
-開発主査は「侍中の侍」と呼ばれた和田明広氏。彼はスープラをグランドツアラーではなく、本格スポーツカーとすべく開発を行った。
専用タイヤの採用やセリカXX比で約50%強化されたボディとシャシー、重量配分54:46等、そのコンセプトは細部に渡り徹底された。
特にボディやシャシー、足回りについてはヨーロッパレベルを意識した開発が行われ、アウトバーンでの高速走行試験等も行われた。

-この70スープラにはモデルライフ全体を通して見れば6種類ものエンジンが搭載されており、多種多様なグレードが存在していた。
大きく分けて1G-GTE型(2L)と7M-GTE型(3L)、加えて7M-GTE型と入れ替わる形で登場した1JZ-GTE型(2.5L)が存在する。

-本車はグループAのホモロゲ取得用モデルで、その名の通りターボAタービンと呼ばれる専用ターボを搭載したモデルである。
最高出力は一般モデル(3.0GTターボ)と比較して30ps増しの270psを誇り、当時の国産車では最高レベルであった。
外見上の特徴としては、「ターボAダクト」と呼ばれたフロントバンパーセンター部の3連ダクト等が挙げられる。ボディカラーはブラックのみが用意された。
フロントバンパーには通称ターボAダクトと呼ばれる3連ダクトがおごられたほか、用意されたボディカラーはブラックのみであった。

-1990年8月のマイナーチェンジによる3Lターボモデル消滅を機に、新開発の2.5Lツインターボモデルを投入し、最高出力280psを達成した。
なお、本エンジン(1JZ-GTE型)はその後長きに渡り、トヨタのスポーティーモデルに幅広く搭載されることとなる。
そして1993年にフルモデルチェンジし生産終了。本車のイメージとはガラリと変わった[[JZA80型>スープラ RZ '97]]が誕生したのだった。
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//#region(余談)
//-書く場合はスラッシュを外してください
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